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定義と該当企業  ビッグ・テックは、より限定したグループに分類されることが多い[3]。

ビッグ・テック   

出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

ビッグ・テック (Big Tech)[1]、またはテック・ジャイアン (Tech Giants[2]は、世界で支配的影響力を持つIT企業群の通称である。一般的にアメリカ合衆国Alphabet (Google)、AppleMeta (Facebook)、Amazonの4社またはマイクロソフト (Microsoft) を加えた5社を指し、それぞれの頭文字からGAFA(ガーファ、ガファ)またはGAFAM(ガーファム、ガファム)と呼ばれる。Netflixを加える場合もある。詳細は後述。

 

定義と該当企業 

ビッグ・テックは、より限定したグループに分類されることが多い[3]。以下がその代表的な例である。基本的にGoogleの親会社であるAlphabetは「G」、Meta(旧Facebook)は「F」と略されるが、 名称を変更するべきだという意見もある[4]

GAFA 

GAFA(ガーファ)[注釈 1]は、AlphabetAmazonMetaAppleの4社で構成され[6][7][8]ビッグ・フォー (Big Four )、ザ・フォー (The Four)、ギャング・オブ・フォー (Gang of Four[注釈 2][9]、フォー・ホースメン (Four Horsemen[注釈 3][10]とも呼ばれる[11]。作家のフィル・サイモン(Phil Simon)とニューヨーク大学教授のスコット・ギャロウェイ (Scott Galloway) は、オンライン活動における支配力と役割を通じて社会の大きな社会変革を牽引してきたことが、MicrosoftIBMのような他の大規模なIT企業とこれら4社の違いであるしている[12][13]Googleの元CEOであるエリック・シュミットは、「マイクロソフトは消費者の心の中で消費者革命を推進していない」として、マイクロソフトをこのグループから除外している[14]

GAFAM 

GAFAM(ガファム、ガーファム)は、Alphabet、Amazon、Meta、AppleMicrosoftの5社で構成され[15][16][17]ビッグ・ファイブ (Big Five)[18]GAFMA(ガフマ)[19]FAAMG(ファムグ)[20]FAAAM(ファーム)[21]とも呼ばれる。これら5社は2000年代末以降、サウジアラムコを除けば、世界で最も時価総額の高い公開企業5社であり、それぞれの最大時価総額は約5,000億ドルから約2兆ドルにも及ぶ[22][23]トゥールーズ大学教授のニコス・スミルナイオスは、「資本主義の文脈の中で市場力や金融力を集中させ、特許権や著作権を利用することで、インターネットの支配権を握っているように見える寡占企業だ」とこれら5社の特別性を指摘した[24]

FAANG 

FAANG(ファング)は、Meta、AmazonAppleNetflix、Alphabetの5社で構成される[25][26]。この言葉は、2013年CNBCテレビ番組「マッドマネー」の司会者であるジム・クレイマーが、これら5社を「市場で完全に支配している」と称賛したことを発端としている。2017年までは、Apple以外の4社を指してFANG(ファング)と呼ばれていた。Microsoftを含んだ6社を指す場合はFANGAM(ファンガム)と呼ばれる[27]

NYSE FANG+指数 

NYSE FANG+(ファングプラス)指数は、Meta、AppleAmazonNetflix、Alphabet、NVIDIAテスラTwitterアリババ百度の10社で構成される株価平均型株価指数である[28]インターコンチネンタル取引所株価指数先物取引が行われている[29][30]。「iFreeNEXT FANG+インデックス」などの投資信託が存在する[31]Microsoftが含まれていない一方で、GAFAMと比較して規模がやや小さいテスラやTwitterアメリカで上場している中国企業のアリババや百度が含まれる。テンセントアメリカで上場していないので含まれない。

BAT 

BAT(バット)は、百度バイトダンスアリババテンセントの4社で構成される[32][33]。近年ではアメリカのGAFAFANGに対抗し[34]、中国の4大IT企業を指す言葉として、Huaweiを加えたBATH(バス)[35][36]Xiaomiを加えたBATX(バットエックス)[37][38][39]京東商城を加えたBATJ(バットジェイ)[40]が用いられることもある[41]。この言葉は日本ではまだ馴染みが薄く、多用されることは少ないが[42]、近年は新聞やテレビなどの主要メディアでも使用される機会が増えている。LINEZホールディングス経営統合にも、GAFAとともに影響を与えたとされ、日本国内の大企業にも影響を与えている[43][44]

G-MAFIA BAT 

G-MAFIA BATジーマフィア・バット)は、アメリカのAlphabet、MicrosoftAmazon、Meta、IBMappleに、中国百度、アリババ、テンセントを加えた9社で構成され、ビッグ・ナイン (Big Nine) とも呼ばれる[45]。2010年代末の世界的に最も価値のある公開企業トップ10に中国のIT企業であるアリババとテンセントがランクインし、スミルナイオスは2016年に「アジアの巨大企業であるサムスン電子、アリババ、百度、テンセントは定義に含めることができる、あるいは含めるべきだ」と主張している[24]サムスン電子は携帯電話市場で圧倒的な存在感を示しているものの、現在はGoogleが大きな影響力を持つAndroidのエコシステムに依存しているため、G-MAFIA BATの定義に含まれていない。

その他 

2019年フォーブスが発表した年間売上高、利益、資産、時価総額、総合的な市場評価に基づくグローバル2000リストでは、AppleGoogleFacebookMicrosoftに加えて、サムスン電子インテルIBMシスコシステムズ、テンセント、オラクルが世界のIT企業のトップ10にランクインしている[46]

 

市場支配 

ビッグ・テック(テック・ジャイアンツ)は、NASDAQ株価指数のトップで、21世紀最初の10年間のエクソンモービルBPガスプロム中国石油天然気ロイヤル・ダッチ・シェルなどのビッグ・オイル(エネルギー・ジャイアンツ)に取って代わった。ディズニーAT&Tコムキャスト21世紀フォックスなどのビッグ・メディアを10倍も上回る[47]。2017年、アメリカのIT大手5社の評価額は合計で3.3兆ドルを超え、NASDAQ100指数の価値の40%以上を占めていた[18]

Amazonは、電子商取引の分野では圧倒的な市場リーダーであり、オンライン販売の50%がこのプラットフォームを利用している。クラウドコンピューティングの市場シェアは32%近く、Twitchによるライブストリーミングの市場シェアは75.6%である。さらに、人工知能ベースのパーソナル・デジタル・アシスタントとスマートスピーカー (Amazon Echo ) の分野でも市場シェア69パーセント (%) で市場をリードしており、Google (Google Home) が25%のシェアで続いている。

Meta (Facebook) は、ソーシャルネットワーキングサービス (Facebook)、オンライン画像共有サービス (Instagram) やオンラインメッセージャー (WhatsAppMessenger) の機能を独占している。Alphabet、Meta、Amazonデジタル広告の「ビッグ・スリー」と呼ばれている。

Appleは、利益率の高いスマートフォンやその他の家電製品を販売しており、モバイルOSの分野ではGoogleと複占状態にある。市場シェアの27%はApple (iOS)、72%はGoogle (Android) に属している[18][48]

Alphabet (Google) は、オンライン検索(Google 検索)、オンラインビデオ共有 (YouTube)、オンライン地図ベースのナビゲーション(Google マップ)でトップに立っている。

Microsoftは、デスクトップオペレーティングシステムの市場シェア (Microsoft Windows ) [49]とオフィス生産性ソフトウェア (Microsoft Office ) で、引き続き圧倒的なシェアを誇っている。クラウドコンピューティング業界ではAmazonに次ぐ第2位の企業 (Microsoft Azure ) であり、ビデオゲーム業界でも巨大ブランド (Xbox ) を持つ。

 

出現の要因 

2016年にニコス・スミルナイオスは「GAFAの出現には、メディアと情報技術の収束理論、金融化、経済規制緩和グローバリゼーションの4つの特徴が鍵を握っていた」と主張した[24]ニコラス・ネグロポンテのような人々による技術の融合の推進によって、インターネットが寡占化していくことに信憑性があり、望ましいと思われるようになったと主張した。自動規制と政治家がソフトウェアの問題を理解することの難しさが、独占に対する政府の介入を効果的ではないものにした。金融規制緩和GAFAの大きな利益率につながった。スミルナイオスによると、Amazonを除く4社は2014年に約20 - 25%の利益率を誇っていた。

グローバル化 

スミルナイオスによると、グローバル化によってGAFAMはグローバルな課税負担を最小限に抑え、国際労働者に米国で必要とされるよりもはるかに低い賃金を支払うことができるようになった[24]

寡占の維持 

2016年にスミルナイオスは「GAFAは、データセンター、インターネット接続、スマートフォンなどのコンピュータハードウェア、オペレーティングシステムWebブラウザなどのユーザーレベルのソフトウェア、オンラインサービスの6つの垂直レベルのパワーを組み合わせている」と主張した。電子メール、インスタントメッセージング、オンライン検索、ダウンロード、ストリーミングなどの多様なサービスがGAFAのいずれかのメンバー内で内部的に結合される水平集中型のパワーについても論じた[24]

 

独占禁止法の調査 

アメリ 

2019年2020年にビッグ・テック業界は、米国司法省連邦取引委員会から、過去の買収や潜在的な反競争的慣行に関する情報提供を求める要請を含む反トラストの注目の的となった。大統領選に立候補している民主党の候補者の中には、ビッグ・テック企業を解体して公益事業として規制する計画を提案している者もいる。"連邦取引委員会 (FTC) のジョセフ・サイモンズ委員長は、「経済と私たちの生活におけるテクノロジーの役割は、日に日に重要性を増している」「これまでも述べてきたように、消費者が自由で公正な競争から利益を得ることを保証するために、テクノロジー市場を綿密に調査することは理にかなっている」と語った[50][51]

独占禁止法の精神は、市場で独占力を持つ企業や、団結してカルテルのような市場行動をとる企業による反競争的な行動から消費者を保護することである。独占またはカルテルの結託は、消費者にとって市場に不利益をもたらしうる。しかし、独占禁止法は、意図的な独占と、ビジネスの成功の結果として純粋に独占的な立場にいる企業とを明確に区別している。 独占禁止法の目的は、意図的に独占力を生み出す企業を阻止することである[52]

消費者福祉は、大企業が自動的に競争に有害であるという仮定ではなく、あらゆる独占禁止法行為の中核的な考慮事項であるべきである。消費者福祉基準は、消費者への影響や経済効率を適切に考慮しているため、独占禁止法施行における「正当な理由」として機能する[53]。これまでのところ、消費者福祉に害があったことは明らかではなく、多くのテクノロジー企業は技術革新を続け、消費者に真の利益をもたらしている[54]

独占禁止政策の議論は、この法律の広く誤解されている分野に関する一般的な神話によって曇らされていることが多い。例えば、1890年シャーマン独占禁止法は、独占的な商習慣、具体的に貿易や商業を制限する契約を犯罪化している。同時に、シャーマン法は、消費者から誠実な利益を得る合法的に成功したビジネスを有機的に創造することを可能にしている。シャーマン法の主な機能は、競争の激しい市場を維持することである。ビッグ・テック企業は大企業であり、成功しているが、成功だけでは独占禁止法違反の理由にならない。独占禁止法の正当な違反は、企業に対する訴訟の原因にならなければならない。独占禁止法は、たとえその成功が市場の支配につながったとしても、Googleのような普遍的に人気のある検索エンジンを開発した企業を非難するものではない。重要なのは、独占がどのようにして得られたか、あるいは維持されたかということであり、単なるその存在ではない[55]

反競争的な行為と疑わしいオンライン・プライバシー慣行との間の相関関係も明確ではない。独占禁止法は、競争過程そのものを害するような商行為から消費者を保護するように狭義に設定されている。しかし、プライバシーに関連した疑わしい行為については、オンライン・プライバシー法の独自の規制枠組みが必要となる場合がある[55]

ヨーロッパ 

2020年6月に欧州連合 (EU) は、Appleによる慣行に関する2つの独占禁止法調査を新たに開始した。1つ目の調査では、Appleが市場での圧倒的な地位を利用して、Appleの音楽や書籍のストリーミングサービスを利用して競争を圧迫しているかどうかなどの問題に焦点を当てている。第2回目の調査では、Appleのデバイスを使って実店舗の業者に支払いができるようにするApple Payに焦点を当てている。Appleは、銀行などの金融機関がiPhoneの近距離無線周波数技術を利用することを制限している[56][57]

欧州委員会のマルグレット・ベスターガー競争担当委員によると、ハイテク企業による反競争的な行為を抑止するためには、罰金は不十分である。ヴェスタガー委員は、「罰金は効果がない。また、罰金は過去の違法行為に対する罰であるため、罰金だけでは十分ではない。私たちの決定にもあるのは、将来のために変わらなければならないということです。やっていることをやめなければならないということです。」と述べた[58]

 

批判 

スコット・ギャロウェイは、これらの企業を「租税回避、プライバシーの侵害、雇用の破壊」と表現し[59]、ニコス・スミルナイオスは、「反競争的な慣行、増大し続ける資金力、知的財産権法によってオンライン市場を支配するようになった寡占企業」「現在の状況は、経済の規制緩和グローバル化、そして政治家が技術の発展を理解し、それに対応することができなかった結果である」と主張している[24]。スミルナイオスは、支配の方法を理解し、その支配への反対を促すためにその方法を批判するために、インターネットの政治経済学術的分析を発展させることを推奨した[24]

外部生成コンテンツの利用 

2019年5月9日、フランス議会は、元の素材の出版社や通信社に対して、GAFAに関連する権利(相当量のテキスト、写真またはビデオの再利用)の支払いを強制することを目的とした法律を可決した。同法は、欧州連合 (EU) のデジタル単一市場における著作権に関する指令の第15条を実施することを目的としている[60]

 

ギャラリー 

 

脚注 

注釈 

  1. ^ 日本でよく使われるが、元来はフランスで使われ始めた言葉で、英語圏ではほとんど使用されていない[5]
  2. ^ 中国の政治的派閥「ギャング・オブ・フォー」にちなむ。
  3. ^ 新約聖書に登場する「ヨハネの黙示録の四騎士」にちなむ。

出典 

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関連項目 

 

 

権威主義的な統治の下では、国や地域における政治権力が一人または複数の指導者に集中しており、その指導者は典型的には選挙されず、排他的で責任を負わない恣意的な権力を持つ[2][3]。

権威主義  

出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

権威主義(けんいしゅぎ)とは、権威をたてにとって思考・行動したり、権威に対して盲目的に服従したりする個人社会組織の態度を指す[1]政治学においては、権力元首または政治組織が独占して統治を行う政治思想政治体制のことである。

全体主義よりも穏健な体制、あるいは非民主主義の総称として独裁政治専制政治全体主義を含めた用語として使用されている。権威主義的な統治の下では、地域における政治権力が一人または複数の指導者に集中しており、その指導者は典型的には選挙されず、排他的で責任を負わない恣意的な権力を持つ[2][3]

 

用語 

権威の語源はラテン語の「auctoritas」で、古代ローマに遡り、その意味は「保証、所有権、担保」であり、他動詞的に用いられる言葉である。権力と権威に差異を求めるとすれば、それは前者が強制、後者が自発的服従であることにあると考えられる[4]

 

政治学 

体制概念としての権威主義の歴史は、1964年のホアン・リンスの提唱から始まった。独裁の概念の中に、アドルフ・ヒトラーヨシフ・スターリンなどの全体主義と比較して、第二次世界大戦終結後も安定的に続いたスペインのファシスト政権など、より穏健なタイプを権威主義と名付け、全体主義とは以下が異なるとした[5]

  1. 経済的社会的多元主義、さらに限定された政治的多元主義が存在し、反対勢力が存在し得る
  2. 体系的で精緻なイデオロギーはないが、或る種の保守的心理的傾向が支配する
  3. リーダーの権力は明確に定義されていないけれども、予測可能な一定の範囲内で行使される
  4. 政治的動員は弱く、政治的無関心が広く見られる

政治学上の用法では、権威主義体制を民主主義体制と全体主義体制の中間とする立場や、権威主義体制は非民主的な体制の総称として独裁・専制全体主義などを含むとする立場などがある[6][7]

権威者に同意しないことは大多数の人々から反逆であると看做される。支配者にとって権威主義は権力の正統性がなくとも統治を可能とするため、近代以前の支配者は常に権威主義の確立に努めた。したがって近代以前の政治体制は全て権威主義的支配体制であったといえる[8]自由平等といった概念が広まった近代以降の支配者は全国民を相手に統治する必要に迫られ、権力の正統性の根拠なしの統治は困難となったため、権威主義的支配体制の維持は難しくなった。しかし国民主権を基礎にしながらも権威主義が現れる場合もあり、その代表格がナチズムファシズムであるとされる[8]権威主義は被支配者の思考様式であるから民主制の機構を採用している国においても現れることがある[8]。選挙があった戦前日本の政治体制も権威主義体制に分類する論者もいる[9][10]

現代ではメディア、学者、政治家などにより中華人民共和国の政治体制が権威主義体制と論じられることがある[11][12][13][14][15][16]。また、ロシア連邦[11][17]イラン[18]などの政治体制も権威主義体制として論じられることもある。

権威を強調する体制は、権威を軸にしたヒエラルキーを形成してエリート主義を持ち、実質的な権力や階級として固定化する場合もあるが、単一権威による支配体制の場合、その権威以外の既存の他権威の権力関係(場合により身分、貧富、人種・民族など)を超越または無効ともするため、大衆や従来の被支配層などの広い支持を得る場合もある。

 

心理学 

記事の体系性を保持するため、リンクされている記事の要約をこの節に執筆・加筆してください。(使い方
 

参照 

  1. ^ 権威主義とはコトバンク
  2. ^ http://www.britannica.com/EBchecked/topic/44640/authoritarianism
  3. ^ Shepard, Jon; Robert W. Greene (2003). Sociology and You. Ohio: Yin Chi Lo-Hill. pp. A–22. ISBN 0078285763
  4. ^ 『岩波哲学・思想事典』(廣松渉編集、1998年岩波書店)「権威」の項目
  5. ^ 豊永郁子「政治季評 全体主義に回帰する中国」2021年8月19日 朝日新聞 朝刊
  6. ^ 政治学行政学の基礎知識」(堀江湛、2007年)340p[1]
  7. ^ 政治学の基礎」(加藤秀治郎、2002年)195p[2]
  8. a b c 世界大百科事典平凡社)「権威主義」の項目
  9. ^ 丸山真男未来社「現代政治の思想と行動」内、’軍国支配者の精神形態’
  10. ^ イアン・ブルマ、「戦争の記憶 日本人とドイツ人」、TBSブリタニカ、1994年、211ページ
  11. a b 東京新聞 バイデン大統領、初の外交演説で中国とロシアを名指し「権威主義に対抗せねばならぬ」 米国第一主義から協調へ転換
  12. ^ 産経新聞 CIA長官に指名されたバーンズ元国務副長官、中国は「権威主義的な敵対国」 孔子学院にも警戒感
  13. ^ ニューズウィーク 民主主義vs権威主義、コロナ対策で優位に立つのはどっち?
  14. ^ 朝日新聞「権威主義」中国とどう向き合う 日米首脳会談の行方は
  15. ^ 読売新聞 国際政治 民主主義の退潮を食い止めよ
  16. ^ 上久保誠人:立命館大学政策科学部教授 DIAMOND online 中国の権威主義的な政治体制が世界のモデルに!?2020年の米中を総括
  17. ^ 朝日新聞 民主主義、どこへ向かう? コロナ禍で「退潮」加速
  18. ^ 日本経済新聞 イラン核合意、米復帰に影 中国外相、中東訪問で揺さぶり
 

関連項目 

 

 

シミュレーション仮説(シミュレーションかせつ)とは、人類が生活しているこの世界は、すべてシミュレーテッドリアリティであるとする仮説のこと。シミュレーション理論と呼ぶ場合もある。

シミュレーション仮説  

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シミュレーション仮説(シミュレーションかせつ)とは、人類が生活しているこの世界は、すべてシミュレーテッドリアリティであるとする仮説のこと。シミュレーション理論と呼ぶ場合もある。

 

諸見解 

我々はシミュレーションの中で生きている、とする見解 

ニック・ボストロムの主張 

哲学者ニック・ボストロムは、我々がシミュレーションの中に生きているという可能性を追求した[1]。彼の主張を簡単にまとめると次のようになる。

  1. 何らかの文明により、人工意識を備えた個体群を含むコンピュータシミュレーションが構築されている可能性がある。
  2. そのような文明は、そのようなシミュレーションを(娯楽、研究、その他の目的で)多数、例えば数十億個実行することもあるだろう。
  3. シミュレーション内のシミュレートされた個体は、彼らがシミュレーションの中にいると気づかないだろう。彼らは単に彼らが「実世界」であると思っている世界で日常生活を送っている。

そこで、以上の3点に「可能性」があるとしたとき、次の二つのうちどちらの可能性が高いかという疑問が生じる。

  1. 我々は、そのようなAIシミュレーションを開発する能力を手に入れる実際の宇宙の住人である。
  2. 我々は、そのような数十億のシミュレーションの中の1つの住人である(iii にあるようにシミュレーション内の住人はシミュレーションであることに気づかない)。

より詳細に言えば、彼は次のような3つの選択肢を想定した。

  1. 知的種族は、現実と区別がつかないほど現実性のあるシミュレーションを開発できるほどの技術レベルには到達できない。
  2. そのようなレベルに達した種族は、そのようなシミュレーションを実行しようとしない。
  3. 我々は、ほぼ確実にそのようなシミュレーションの中で生きている。

ボストロムの主張の前提として、十分に進んだ技術があれば生命にあふれた惑星全体をシミュレートしたり、さらには宇宙全体をその全住民と共にシミュレートできるという考え方がある。そして、シミュレートされている人々はそれぞれに意識があり、その中にシミュレーション外部からの参加者が混じっている。

人類が第一の仮説に反してそのような技術レベルに到達したとしたら、そしてその時点でも人類が過去や歴史に興味を持っていて、シミュレーションを実行するのに何の障害(法律や道徳)もない場合(第二の仮説の否定)、

  • 過去に関するシミュレーションが多数実行されると想定することは妥当である。
  • そうであれば、そのようなシミュレーションの中でさらにシミュレーションが行われ、再帰的に派生していくだろう。
  • 従って、我々が多数のシミュレーションのいずれかに存在しているか、実際の宇宙に存在しているかは不明であり、可能性としてはシミュレーション内の方が高い。

人類(あるいは他の知的生命体)が滅亡する前にそのような技術レベルに到達する可能性は、ドレイクの方程式の値に大きく依存している。ドレイクの方程式は、ある時点で星間通信可能な技術レベルに達している宇宙における知的種族の数を与えるものである。この方程式を解くと、人類以上に進んだ文明が存在するという結果が得られる。実際の宇宙とシミュレートされた宇宙の全ての平均値が 1 以上であれば、そのような文明が歴史上必ず存在するということになり、そのような文明がシミュレーションを行う意志を持っていれば、平均的な文明がシミュレーション内にある可能性は非常に高くなる。

フランク・ティプラーのオメガポイント 

物理学者フランク・ティプラーは、ニック・ボストロムの主張と類似したシナリオを考察した。宇宙がビッグクランチで終焉を迎えるという仮説を採用し、その宇宙全体の計算能力は時間と共に増大していき、ある時点で終焉までの残り時間が無くなっていく速度よりも計算能力の増大が大きくなるとする。すると、実際の宇宙には有限の時間しか残されていないにもかかわらず、シミュレーション内の時間は主観的には永遠に続くことになる。

この仮説が現代の人類に暗示しているのは、強大なコンピュータがあれば、各個人の脳の量子状態をシミュレーション内で再創造することで、かつて生きていた人々全員を復活させることも基本的には可能だということである。これにより、移民型と仮想市民型のシミュレーテッドリアリティが可能となる。その中の住民から見れば、オメガポイントは永遠に続く来世であり、本質的に仮想的であることから、任意の空想的な形態をとりうる。ティプラーの仮説では、遠未来の人々が歴史的情報を再生する手段が必要であり、それによって彼らの先祖をシミュレートされた来世に復活させる。しかし、コンピュータの能力が無限であれば、単にあらゆる可能世界を同時並行的にシミュレートすればよい。

ビッグクランチが起きるかどうかについて、最近では懐疑的な観測結果が多く示されているが、それはこの世界が物理的に存在しているという前提での話であり、もしこの世界がデジタルのデータであれば物理的なシミュレーター装置が存在している「現実の宇宙」の法則とは何ら相関関係が存在しないため、仮にこの宇宙の膨張速度が加速し続け永遠に収縮に転じない事を証明出来たとしてもティプラーの理論を否定する物ではない。

計算主義と観念的シミュレーション理論 

計算主義とは、心身問題の哲学の理論であり、認識計算の形態の一種であるとするものである。これはシミュレーション仮説にとって、意識のあるものをシミュレーションする可能性を裏付ける考え方であり、特に仮想市民型シミュレーションで必要とされる。例えば、物理的な系がある程度の精度でシミュレート可能であることはよく知られている。計算主義が正しく、人工意識を生成するのに問題が無ければ、シミュレーテッドリアリティの理論上の可能性は確かなものとなる。しかし、認識と現象的意識の関係には異論がある。もし意識に何らかの物理的実体が必須であるなら、シミュレートされた人々は適切に行動できているとしても哲学的ゾンビでしかない。これはニック・ボストロムの主張も否定することになり、意識をシミュレートできないとしたら、我々はシミュレーションの中に意識のある存在としてあるはずがないということになる。

一部の理論家[2][3] は、「意識は計算である」とする派生的な計算主義と数学的現実主義(数学的プラトン主義とも)が真であるとし、我々の意識はシミュレーションの中にあるに違いないと主張している。それらの主張には、"Plato's heaven" あるいは究極集合にはあらゆるアルゴリズムが含まれ、その中に意識を実装するアルゴリズムも含まれているという考え方が含まれている。観念的シミュレーション理論は、多元宇宙論万物の理論の部分集合でもある。

 

我々が現実として受け止めているものがシミュレーションであるという可能性を示すには、それが錯覚であるということの何らかの証拠が必要である。例えばは、それを見ている人にとっては(その時点では)真に迫った現実性を持っている。しかし、夢を見ているのだと気づくことはそう珍しいことではなく、それによって明晰夢を見ることになる。

夢の存在によって、真の現実と見分けがつかないシミュレーションが可能かどうか、そして人がそれに騙されるかどうかという問題を解決する。結果として「夢仮説」は除外できないが、常識単純さの考慮が必要であることが議論されてきた。

生活全体が夢であるという仮説には、論理的には全く問題がない。夢の中で我々は眼前のものを何でも創造できる。しかし、それが論理的に不可能でないとしても、真であると仮定すべき根拠もない。そして実のところ、我々と独立な物体が存在し、その行動を感覚を通して感じているという常識的な世界観に比較して、(全てが夢であるという仮説は)単純さに欠ける。[4]

この主張の哲学的土台となっているのは、ルネ・デカルトの主張である。彼は実在の区別を考えた最初の哲学者の1人である。Meditations on First Philosophy の中でデカルトは「…我々は睡眠と覚醒を明確に区別できる確かなしるしを持たない」[5] とし、結論として「現在、私が夢を見ていて、私の知覚の全てが偽である可能性もある」[5] とした。これは荘子胡蝶の夢と同様の主張である。

Chalmers (2003) でも夢仮説が論じられ、それが2つの形態に分類されるとしている。

  • ある人物がある時点で現に夢を見ていて、彼の世界に関する信念が多くの点で間違っている場合(つまり、夢は早晩崩壊する)。
  • ある人物が常に夢を見ていて、彼の想像力にもよるが、実在するかのように物体を知覚する場合。[6]

夢仮説とシミュレーション仮説は共に懐疑論的仮説の一種とされる。しかし、ちょうどデカルトが自身の思考によって自身の存在を確信したように、このような疑問を呈することは、それ自身の真実の可能性の証拠でもある。

個人の知覚が現実世界に物理的基礎を全く持たないような精神状態は精神病と呼ばれる。

擬似宗教的主張 

シミュレーションがその中で生活する人々のために作られたとするなら、彼らが望みを適切な方法で表現すれば、それに答えてくれるはずだという考え方がある。これは、祈祷に正しい形式があるという考え方を現代的にしたものと言える。科学的に説明のつかない方法で祈祷による願いが聞き届けられたなら、シミュレーテッドリアリティの中に生きていることの証拠であると主張する者もいる。

シミュレーションを実施している者は、シミュレーションの通常の規則に反する形でシミュレーション内容に干渉しているはずだという考え方もある。シミュレーション内に何らかの形で姿を現している可能性もある。これも宗教的ミームの現代版と言える。

シミュレーション参加者はシミュレーションで生涯を過ごした後、外界で一定期間を過ごしたり、再度シミュレーションに入ったりするという考え方もある。すなわち、彼らは前世の記憶を持っている。そのような記憶が正確で、科学的に否定できないなら、我々がシミュレーテッドリアリティの中で生きている証拠となると主張する者もいる。既視感も同じ論法で説明できるとされる。

これらの主張には次の2つの問題がある。

  • これらの宗教的現象の証拠とされる事柄は、必ずしも真実であると確定できない。
  • 真実であったとしても、神学的にも説明できる。すなわち、シミュレーテッドリアリティの証拠とする説は多数の仮説の1つにすぎない。ただし、他の仮説とシミュレーテッドリアリティは必ずしも相反するわけではない(シミュレーションを行っている者が「神」であるという考え方など)。

我々はシミュレーションの中に生きているのではない、とする見解 

物理学の計算可能性 

我々がシミュレーテッドリアリティの中にいるという主張への決定的な反論は、計算不能な物理学現象の発見であろう。なぜならそのような現象が発見されれば、コンピュータができないことが現実に起きていて、コンピュータシミュレーションではそれを再現できないことになるからである。

シミュレーションはリアルタイムで実行できない程に負荷が高いため、実空間から見て処理が間に合わないという反論も考えられる。しかし、シミュレーション内の時間は実空間の時間と対応しなくても、シミュレーション内からすれば問題は生じないため、この反論は的外れである。むしろ、シミュレーションを中断しないために、無限の計算ステップを有限時間内に実行可能かという点が重要な論点となる。

しかし、チューリングマシン(TM)などでモデル化される一般的計算システムは有限個の状態を取ることしかできない。TMの内部状態をテープの内容と結びつけて可能な状態数を増やしたとしても、TMがとりうる状態数は枚挙可能な無限になるだけである。さらにTMは枚挙可能な状態遷移しかしない。同じことは科学的モデリングに使われるあらゆる計算機にも当てはまる。従って、通常の計算の説明では、数学全般や自然をマッピングできるだけの十分な状態数や状態遷移数を持たない。従って厳密に数学的な観点からは、あらゆるものをコンピュータ内で表せるという考え方は支持できない。[7]

これらの主張は、チューリングマシンよりも強力とされる仮説的なハイパーコンピュータ上でのシミュレーションには当てはまらない[8]。しかし、シミュレーションを行っているコンピュータが、シミュレートされている世界にあるコンピュータ以上の能力を持っているかどうかを知る方法が全く存在しない。シミュレーションの中と外で同じ物理学的法則が成り立つ必要はないので、シミュレーションの外部では違う物理法則にしたがってコンピュータがより強力であるかもしれない。

Cosmology Machine は恒星やガスや未知のダークマターについての多数の観測結果からデータをとり、超高速で計算することで、銀河や太陽系の成り立ちを探る。宇宙進化に関する様々な理論をシミュレートすることで、どの理論が現実の宇宙をもっともうまく説明できるかを調べる。[9]

問題は、宇宙がコンピュータによるシミュレーションでないことを示す証拠が存在しない点であり、そのためカール・ポパーのような見方を採用すれば[10]、シミュレーション仮説は反証可能性がないため、科学的には受け入れられない、ということになる。

CantGoTu(カントール-ゲーデル-チューリング)環境 

CantGoTu環境の概念は、ゲオルク・カントール対角線論法クルト・ゲーデル不完全性定理アラン・チューリングなどに代表される計算可能性理論の三つを基礎として、それらをバーチャルリアリティ環境に適用したものである。デイヴィッド・ドイッチュが The Fabric of Reality(1997年)の中で提唱した。

あらゆる可能なバーチャルリアリティを描けるコンピュータを想定しよう。その生成器が生み出す全ての可能な環境は、環境1、環境2 というように並べることができる。それぞれの環境から同じ期間のタイムスライス(ドイッチュは1分としたが、これは原理的にはプランク時間にまで短縮できる)をとる。ここで、新たな環境を次のように構築する。最初の時点では、環境1とあらゆる点で異なる環境を生成し、一定時間後には環境2と全てが異なる環境を生成し、というようにしていく。この新たな環境はそれまでに並べたどの環境とも異なり、どの時点をとっても考えられるあらゆる環境と異なる。従って、このような万能VR生成器を構築することはできず、どんな手段を持ってしても効率的に描けない環境が存在する[11]

しかし、同書の中でドイッチュは「あらゆる物理的に可能な環境を含むレパートリーを持つバーチャルリアリティ生成器を構築可能である」というかなり過激な主張を展開している。

しかし、「あらゆる物理的に可能な環境」を含むとしたら、そのコンピュータは自分自身を含む環境も完全なシミュレーションとして内包しなければならない。

計算負荷 

仮想市民型
2007年現在、分子動力学に要する計算能力は、世界最高速のコンピュータを数ヶ月使って、蛋白質の1つの分子の動きを0.1秒程度シミュレートできるレベルである[12][13]
銀河系全体をシミュレートするには、誰も観測していない領域のシミュレートを省くなどしない限り、想像以上に計算能力が必要となる。
このような主張に対して、ボストロムは人類の歴史全体をシミュレートするのにおおよそ 1033 から 1036 の計算が必要であるとした[1]。彼はさらに、既知のナノテクノロジーを使って惑星サイズのコンピュータを作れば、一秒間に約 1042 回の計算が可能であると主張している。そして、惑星サイズのコンピュータの構築は基本的には不可能ではないとした。ただし、そのサブプロセッサ間でデータを共有するなら、光の速度が全体の計算速度を制限することになる。
ブレイン・マシン・インタフェース型
夢は、脳のある部分が作り出した刺激を別の部分が現実として感じているものだとする説がある[誰?]。そうだとすると、人間の脳全体より計算能力が低いコンピュータであっても、現実と感じられるようなシミュレーションを生み出せる可能性がある。同様な主張は、鮮明な記憶や想像、特に幻覚などにもあてはまる。しかし、これらは現実よりも鮮明さに欠け、物理法則が常に正しく成立しているわけでもない。現実世界の物理法則を常に正しく適用することは、おそらくシミュレーテッドリアリティでも最も計算能力を要する部分である。また、幻覚はシミュレーションが必要とするような鮮明で豊かな相互作用を提供しない。これは、脳が幻覚を生み出す際の計算能力が限られているためとする説もある[誰?]
主張の妥当性
いずれにしても、現代の感覚でシミュレーテッドリアリティの実現可能性を論じることは間違いである。
また、シミュレーテッドリアリティはリアルタイムで実行される必要はない。シミュレートされた宇宙の住人は、彼らの主観時間と現実世界の時間の流れと違っていても気づきようがない。アイザック・アシモフはこの考え方を限界まで推し進め、住人に気づかれずにシミュレーションを逆方向に実行したり、複数の異なるコンピュータで実行したり、修道士らが数世代に渡ってそろばんを使って週末だけシミュレーションしたりといったことも可能であるとした。いずれの場合もシミュレーション内の時間の進行は妨げられない。

オッカムの剃刀 信者の視点 

同じ現象を説明できる仮説は他にも多数存在する[14]。このような場合、オッカムの剃刀と呼ばれるヒューリスティック規則、便宜上の方針決定を持ち出してきて適用したがる人もいる。オッカムの剃刀は、同じ現象を説明する仮説が複数あるとき、単純なほうを採用する、という方針である。別の言い方をすれば、中身を慎重に検討することなく、外形的な要素で決め付けて選択してしまおうという、一種のアルゴリズムである。ありえない仮説を懐疑主義的に批判するために使われることが多い[15][16][17] とも言われる。オッカムの剃刀を信じてしまえば、“シミュレーション仮説は複雑すぎるから、却下して眼前にあるものがそのまま現実だと見なそう”ということにもなる。それもひとつの見解ではある。オッカムの剃刀は、オッカムの剃刀信者の間では、あまり検証もされないまましばしば、“最善だ”と美化されて考えられてしまっている。だが、オッカムの剃刀はあくまでヒューリスティックであって自然の法則ではないため、常に正しいとは限らない。科学的に見て重要な場面でオッカムの剃刀が間違ってしまう場合があり、オッカムの剃刀で作り出す記述が、かえって誤った知識となる場合があるのである。ヒューリスティックで苦し紛れに作り出してみた簡潔な記述を真理そのものと混同することは重大な問題を引き起こす。実際歴史的に見て、このがさつなヒューリスティック方針を信じてしまった者の中に攻撃的になる者がおり、それにより、先見の明があった科学者が被害を蒙ってしまった事件も起きた。アインシュタインオッカムの剃刀の使用には釘を刺している(オッカムの剃刀に出典つき記述あり。参照可)。たとえある時点で観測されていなくても、真理というのはその時点で観測されているよりも複雑な場合がありうるのである。結局、慎重に科学的に検討してみると、オッカムの剃刀というものはそもそも使ってよいのか使ってよくないのかはっきりしない思考方針であり、厳密な科学に属するものではなく、このシミュレーション仮説に関しても、持ち出してよいのかはっきりしない。

道徳的問題 

シミュレーテッドリアリティの考え方を広範囲に受け入れることは、危険な状況を生み出す可能性がある。誰もが現実は幻想であると信じていたら、かけがえのない生命という抑制から解放され、犯罪や残虐行為に走ることに躊躇しない者も多く出現するだろう。

さらに、シミュレーション内の他の人々が単なる「ボット」であるという考えに取り付かれれば、道徳観念は全く異なったものとなる。

しかし、シミュレーションが現代のMMORPGの進化したものだとすれば、何らかの道徳観念がそこに生まれると考えることもできる。例えば、シミュレーションのある参加者が別の参加者の手をハンマーで打ったとしたら、感覚のインタフェースによって痛みが感じられ、その被害者が現実世界に戻っても何らかの影響を被っている可能性がある。

ボストロムは来世について次のように述べている。「来世におけるあなたの運命は、あなたが現在のシミュレートされた現世でどう振舞ったかによって決められるかもしれない」[18] つまり、「高次の存在」を仮定すれば、シミュレーション内で倫理的に振舞うことで、最終的に良い結果が得られるという考え方も成り立つ。

 

科学技術的手法 

この節は検証可能参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。出典検索?"シミュレーション仮説" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2022年2月)

バグ 

コンピュータによるシミュレーションには、ボイドと呼ばれる隙間やバグがあって、内部からも判る場合があるかもしれない。そのようなものを見つけ、検証できるなら、それによってシミュレーテッドリアリティの内部にいることを証明できる可能性がある。しかし、物理法則に反する事柄は、他にも説明できる仮説が考えられる(神など)。映画『マトリックス』で描かれたように、既視感などの日常的な奇妙な体験も何らかのバグとして説明できる可能性がある。

実際、バグはよくある問題と考えられる。十分に強力なシミュレーションにおいては、全ての経験や思考が監視されている可能性があり、バグや抜け穴に関する知識が即座に消去されるのではないかという考え方もある。もちろん、その場合はバグを発見することはできない(発見したとしてもそれに基づいて行動できない)だろう。

隠されたメッセージ、あるいは「イースターエッグ 

シミュレーションには、設計者あるいは謎を解くのに成功した住人が配置したメッセージや出口があるかもしれない。これはゲームなどの実際のソフトウェアで時折見られるイースター・エッグに相当するものである。例えば、ネイピア数円周率といった定数に何らかのメッセージが含まれていないかという探索が長年行われている。カール・セーガンサイエンス・フィクション『コンタクト』において、セーガンは円周率から何らかのしるしを見つけ出す可能性を論じている。

しかし、そのようなメッセージは今のところ見つかっていない。もちろん、他の仮説で同じ現象を説明することもできる。

処理能力 

コンピュータシミュレーションの能力は、それを実行するコンピュータの能力に制限されており、非常に微細なレベル(原子以下のレベル)では完全な計算が行われていないのではないかという考え方もある。これは、素粒子物理学で得られる情報の正確度の上限として現れる可能性がある。

しかし、この主張では正確度の判定をシミュレーション内で作られたコンピュータ上で行うことになる。従って、我々がシミュレーションの中にいるなら、コンピュータの性質を見誤る可能性がある。

この考え方を一歩進めると、我々は物理的限界があるために原子レベル以下の構造を直接見ることはできず、単にシミュレートしているに過ぎないとも言える。つまり、我々は顕微鏡やコンピュータといった機器の正確性を信頼して原子以下のレベルを観測している。これらがいずれもシミュレートされた世界の中にある物なら、現実世界を生成するのに要する計算能力は大幅に削減可能となる。

デジタル物理学とセル・オートマトン 

デジタル物理学では、宇宙の歴史はある意味で「計算可能」であることを基本的な前提としている。この仮説はコンラート・ツーゼの著書 Rechnender Raum で初めて示され、同書ではセル・オートマトンを中心に解説していた。Juergen Schmidhuber は、漸近的に最適な方法で非常に短いプログラムからあらゆるプログラムを生成できるため、宇宙はチューリングマシンと考えることもできると示唆した。他の提唱者として、エドワード・フレドキンスティーブン・ウルフラムノーベル物理学賞受賞者のゲラルド・トフーフトらがいる。彼らは、量子力学確率論的性質は計算可能性と矛盾しないと主張している。デジタル物理学の量子版はセス・ロイドが提唱した。これらの示唆から具体的な物理学的理論が構築されたことはない。

物理学における連続体の仕様が、物理的宇宙のシミュレーションを不可能にしているとする見方もある。実数すなわち不可算無限を物理学から排除すると、コンピュータシミュレーションの可能性が生まれる。

 

関連項目 

 

脚注 

  1. a b Are You Living in a Computer Simulation? by Nick Bostrom. 2002年7月. Accessed 2006年12月21日
  2. ^ Bruno Marchal
  3. ^ Russel Standish
  4. ^ バートランド・ラッセルThe Problems of Philosophy
  5. a b René Descartes, Meditations on the First Philosophy, from Descartes, The Philosophical Works of Descartes, trans. Elizabeth S. Haldane and G.R.T. Ross (Cambridge: Cambridge University Press, 1911 – reprinted with corrections 1931), Volume I, 145-46.
  6. ^ Chalmers, J., The Matrix as Metaphysics, Department of Philosophy, University of Arizona
  7. ^ Computational Modelling vs. Computational Explanation: Is Everything a Turing Machine, and Does It Matter to the Philosophy of Mind?
  8. ^ Hypercomputation, Toby Ord
  9. ^ Cosmology Machine creates the Universe
  10. ^ Popper, K. Science as Falsification
  11. ^ Deutsch, D. (1997), The Fabric of Reality, Penguin Books: 特に 123-131 ページ
  12. ^ IBM Blue Gene Team (2001年), “Blue Gene: A vision for protein science using a petaflop supercomputer”IBM Systems Journal 40 (2)
  13. ^ Pande, Vijay; et al. (2002-01), “Atomistic protein folding simulations on the submillisecond timescale using worldwide distributed computing”Biopolymers 68 (1): 91-109
  14. ^ Undeterdetermination
  15. ^ Skeptic report on Occam's razor
  16. ^ Defeating the Sceptic
  17. ^ Ash, T. The Existence of the Physical World
  18. ^ Nick Bostrom (2003年5月16日). “The Simulation Argument: Why the Probability that You Are Living in a Matrix is Quite High.”. www.nickbostrom.com2007年6月4日閲覧。
 

参考文献 

 

外部リンク 

 

 

ミームとは、動物行動学者のリチャード・ドーキンスが作った言葉であり、模倣を通して、脳から脳へと伝達・複製される文化の情報の基本単位である。

ミーム  

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ミーム英語memetics)とは、ミーム(meme)という心および文化を構成する情報を表す概念を用い、進化論的モデルによる情報伝達に関する研究手法である。

 

ミーム 

ミームとは、動物行動学者のリチャード・ドーキンスが作った言葉であり、模倣を通して、脳から脳へと伝達・複製される文化の情報の基本単位である。 ミームの定義には論者により複数あるが、このドーキンスの定義がミームの最初の定義である[1]

旋律や観念、キャッチフレーズ、衣服のファッション、壺の作りかた、あるいはアーチの建造法などはいずれもミームの例である。遺伝子が遺伝子プール内で繁殖するに際して、精子卵子を担体として体から体へと飛びまわるのと同様に、ミームミーム・プール内で繁殖する際には、広い意味で模倣と呼べる過程を媒介として、脳から脳へと渡り歩く。

ミームの概念を用いて文化が進化する仕組みを考察することができる。ミームは遺伝子との類推で論じられ、複製、多様化、自然選択が進化の条件であるのは遺伝子と同じである。ミームは文化を構成し、人々の心から心へと広まっていく。ミームは広まる過程で多様化し、自然淘汰により進化する。例えば吊り橋をつくるというミームが多くの心に広まることで、実際に吊り橋が増えて文化の一部となる。

 

歴史 

ミーム」という用語はギリシア語の翻字であり、1904年、ドイツの進化生物学者 Richard Semon が自著 Die Mnemische Empfindungen in ihren Beziehungen zu den Originalenempfindungen で使用したのが起源である。これが1921年に英語に翻訳された際に The Mneme という書名になった。

リチャード・ドーキンスは、自著 The Selfish Gene (1976) で、遺伝子 "gene" の若干綴りを変えた "meme" という用語で人類の社会文化的進化遺伝子の類似性を表し、感覚的には違いがあるものの、文化においても複製が発生していると主張した。ドーキンスは自著の中でミームを脳内の情報の単位と定義し、人類の社会文化的進化における突然変異自己複製子(mutating replicator)であるとした。それは、周囲に影響を与えるパターンであり、因子として伝播する。この考え方は社会学者/生物学者らの論争を巻き起こした。というのもドーキンスは、著書の中で脳内での情報単位の複製がどのように人間の振る舞いを制御し、ひいては文化に影響を与えるのかを詳しく説明しなかったからである(同書の主題は遺伝子であったため)。ドーキンスThe Selfish Geneの中で「ミーム学」の理論を包括的に構築しようとしたのではなく、思索の結果として「ミーム」という用語を作り出したのである。その後、「情報の単位」を表す用語を様々な科学者が様々に定義するようになった。

ミーム学」自体の起源は1980年代である(1983年1月の Scientific American 誌上でのダグラス・ホフスタッターのコラム Metamagical Themas が影響を与えた)。主流の社会文化的進化の研究とは異なり、ミーム学を研究する人々は人類学者や社会学者でないことが多く、学者ですらないことが多い。ドーキンスThe Selfish Geneが一般大衆に与えた影響が、様々な知的背景を持つ人々がミーム学を志す主な要因となったことは確かである。もう1つの重要な要因は1992年にタフツ大学の哲学者ダニエル・デネットが出版した Consciousness Explained である。同書では、ミームの概念を精神に関する有力な理論に導入した。リチャード・ドーキンスは、1993年の論文 Viruses of the Mind でミーム学を活用して宗教的信念という現象や様々な宗教団体の性質を説明した。

しかしながら、現代ミーム学の確立は1996年に出版された2つの書籍、それも学界の主流からは離れていた著者によるものであった。1つはマイクロソフトの前重役でプロのポーカープレイヤーでもあるリチャード・ブロディの Virus of the Mind: The New Science of the Memeミーム—心を操るウイルス)であり、もう1つはフェルミ国立加速器研究所で長年に渡って技師として働いていた数学者にして哲学者である Aaron Lynch の Thought Contagion: How Belief Spreads Through Society である。Lynch は社会文化的進化に関する学界とは全く接触することなく独力で理論を構築し、ドーキンスの著書のことも自著の出版が間近となるまで知らなかった。

ドーキンスViruses of the Mindでマインド・ウイルスという概念を用いたが、さらにブロディがマインド・ウイルスという概念を自著で詳しく論じた[1]。マインド・ウイルスは、何らかのミームを多くの人々へ感染させる文化要素であり、例えばテレビ番組、宗教、ジャーナリズムなどである。

ブロディはミーム学は新しいパラダイムであると言っている。つまり、利己的遺伝子による進化の発見のように、全く新しいものの見方を私たちに与えるということである。

Lynch とブロディの著書が出版されるのと時を同じくして、Web上に新たな電子雑誌が登場した。マンチェスターメトロポリタン大学の Centre for Policy Modelling が主催する Journal of Memetics – Evolutionary Models of Information Transmission である。同雑誌はその後 Francis Heylighen 率いるCLEA研究所(ブリュッセル自由大学)が発行するようになった。この電子雑誌は初期のミーム学に関する出版や論争の中心的立場を担った。なお、1990年に短期間だけ存在したミーム学に関する雑誌があった。Elan Moritz の編集による Journal of Ideas である[1]。1999年、心理学者スーザン・ブラックモアの著書 The Meme Machineミーム・マシーンとしての私)が出版された。同書は、デネット、Lynch、ブロディの考えを完成させ、それを社会文化的進化の主流と様々な面で比較するとともに、ミーム学に基づいて言語と人間の自我の発達に関する斬新で物議をかもす理論を提唱した。

 

方向性の問題 

ミーム学は誕生とほぼ同時に2つの流れに分岐した。一方は「ミーム」の定義としてドーキンスによる「脳内の情報の単位」という定義を頑なに守ろうとする流れであり、もう一方は「ミーム」を広く捉えて様々な文化的な人工物や振る舞いに適用しようとする流れである。前者の学派を "internalists"、後者を "externalists" と呼ぶ。internalists には Lynch と ブロディが含まれ、externalists には Derek Gatherer や Willian Benzon が含まれる。externalists は、脳内がどうなっているかを科学的に解明するのを待っていてはミーム学が科学として進展できないとし、文化の具体的に観察可能な事象を扱うことを選んだ。internalists はこれに対して次のように反論した。技術が進歩すれば脳内の状態を直接観察できるようになる。また、文化人類学者が主張するように、文化は信仰や信念であって人工物ではないし、精神的実体やDNAが自己複製子であるというのと同じ感覚で人工物を自己複製子と呼ぶことはできない。この論争は過熱し、1998年のミーム学に関するシンポジウムが開催された際、定義論争を終結させようという動議が提出されたほどである。

最近の internalists の主張は Robert Aunger(ケンブリッジ大学の人類学者)が2002年に出版した The Electric Meme にある。彼は1999年にケンブリッジでの会議を開催し、そこで主要な社会学者や人類学者がミーム学の状況を評価する機会を持つこととなった。この会議の結果を元に Aunger が編者となり、Darwinizing Culture: The Status of Memetics as a Science を2000年に出版した(序文はデネット)。

 

成熟 

2005年、Journal of Memetics – Evolutionary Models of Information Transmission は廃刊となり、ミーム学の「死亡記事」が発表された。これはミーム学が今後すべきことがないという意味ではなく、むしろ1996年から始まったミーム学の波乱の幼年期が終わり、社会文化的進化について結果を残すことで生き残っていかなければならないという宣言であった。社会的かつインターネットを舞台とする大衆的科学運動としてのミーム学は終結したと言える。初期に活躍した人々の多くは離れていった。スーザン・ブラックモアは大学を離れてサイエンスライターとなり、認知科学に集中するようになった。Derek Gatherer は製薬業者でプログラマとして働くようになったが、時折ミーム学に関する文章を発表している。リチャード・ブロディは、世界のポーカーランキングで上位にランキングされるようになっている。Aaron Lynch はミーム学との関わりを絶ち、2005年にドラッグの事故で亡くなった。

スーザン・ブラックモアは2002年、ミームを改めて定義し、人から人へコピーされて渡っていくものをミームであるとした(例えば、習慣、技能、歌、物語、その他の情報)。また、彼女はミームが遺伝子のような自己複製子であるとした。すなわち、ミームは様々な形態でコピーされる情報である。そのうちの一部が生き残り、ミーム(さらには人類の文化)が進化していく。ミーム模倣、教育、その他の方法でコピーされ、記憶の中で競争し、再度コピーされるチャンスをうかがう。同時にコピーされ伝播していく一群のミームを「ミーム複合体」と呼ぶ。彼女の定義では、ミームの複製過程は模倣である。あらゆるモデルを模倣したり選択的にモデルを模倣するにはの容量を必要とする。社会的学習の過程は人によって異なるため、模倣過程が完全に模倣されるとは言えない。考え方の類似性は、それをサポートする別のミームで表現されるかもしれない。従って、ミーム的進化における突然変異の発生率は高く、個人内でも突然変異は発生し、突然変異過程との相互作用でも新たな突然変異が発生する。この社会が個々の相互作用の複雑なネットワークから構成され、マクロなレベルでは、一種の秩序が文化を形成すると見たとき、このブラックモアの仮説は非常に興味深い。

 

新たな展開 

ドーキンスは2003年に編纂した A Devil's Chaplain で、ミーム的過程は全く異なる2つの種類があるとした。1つめは文化的思考・行動・表現の型であり、これらは変化が激しい。例えば、彼の学生でウィトゲンシュタインの思想を継承したものがいた。もう1つは自己修復型ミームであり、こちらは突然変異しにくい。その例として、子供が折るような折り紙のパターンを挙げた。このミームは一部の例外を除いて完全に正確な手順が伝播していく(忘れっぽい子供まで伝播したところで途切れるだけで突然変異しない)。この種のミームは発展しにくいが、ごく稀に大きな変異が生じる。ミーム学者によっては、2種類のミームがあるのではなく、ミームによって強度が異なるだけで、様々な強度のミームがあるとする者もいる。

Hokky Situngkir は、より厳密な形式主義ミームに導入しようとして、文化的複雑系における文化単位としてミームを捉えた。これは遺伝的アルゴリズムに遺伝子とミームの違いを反映させたものに基づいている。文化を複合適応系と捉えるミーム学において[2]、彼はミーム学を社会文化的進化の代替方法論として捉える方法を考案した。しかし、「ミーム」という用語には考えられる限りの様々な定義が存在する。例えば、コンピュータシミュレーションにおける「ミーム的プログラミング; memetic programming」は一種の計算の考え方を定義するものである。

ミーム学は単純に、社会文化的進化の科学的解析の手法として理解することができる。しかし、ミーム学の信奉者は、ミーム学が進化論的概念のフレームワークを使った文化の重要な解析手段になると信じている。Memetics and the Modular-Mind (Analog Aug. 1987)[3]を著した Keith Henson は、ミームの宿主の心理学的特性を理解するため、ミーム学と進化心理学の融合の必要性を主張した[4]。これは、特に戦争をもたらすようなミームで増幅された宿主の特性の経時変化などに当てはまる。詳しくは、Evolutionary Psychology, Memes and the Origin of War を参照されたい[5] [6]

環境の持続可能性といった複雑な社会システム問題にミーム学を応用しようという動きが、最近 thwink.org で見られる。Jack Harich はいくつかのシミュレーションモデルを使ってミームでのみうまく説明できる面白い現象をいくつか示した。The Dueling Loops of the Political Powerplaceというモデルでは、政治に汚職がつきものとなる根本的理由が、1つのフィードバックループが他のフィードバックループと争って固有の構造的優位性を獲得しようとすることによると示した。The Memetic Evolution of Solutions to Difficult Problems というモデルでは、ミーム進化的アルゴリズム科学的方法を使って、複雑な解決策の発展の仕組みとプロセスの改善の仕組みを示した。これらから得られた洞察は、持続可能性問題のミーム的な解決策を設計するために使われようとしている。

Francis Heylighen は「ミーム的選択基準; memetic selection criteria」と呼ぶものを提案した。これが定量的解析に耐える選択基準であるかを研究する「応用ミーム学」ともいうべき新たな分野が生まれようとしている。

オーストリア言語学者 Nikolaus Ritt は Selfish Sounds and Linguistic Evolution (2004, Cambridge University Press) の中で、英語の発音の変化をミーム的概念で説明しようと試みた。一般化されたダーウィンフレームワークで文化の変化を説明することができ、従来からの話者を中心としたアプローチでは説明できないと主張している。同書はミームの構造についてかなり具体的な提案をし、2つの経験的示唆に富んだケーススタディを提供している。

A Memetic Paradigm of Project Management (International Journal of Project Management, 23 (8) 575-583) では、プロジェクトマネジメントは言語を伴うミーム複合体であり、その中核には実践者のストーリーがあると主張している。この過激なアプローチによれば、プロジェクト管理者が管理対象のプロジェクトを一種の幻と見なすことを要求される。つまり、プロジェクトとは、人間の脳が都合よく作り上げた感情や期待や感覚の集合体であるとした。それはまた、プロジェクトマネジメント手法が必ずしも利益を最大にするように機能しないと考えることを管理者に要求する。プロジェクト管理者は、プロジェクトマネジメントがそれ自身の目的のために組織を発展させ設計する、利己的で自然発生的なものと考えることを要求される。

 

脚注 

  1. a b 『心を操るウイルス: なぜ思い通りの人生を生きられないのか』東洋経済新報社、2013年。ISBN 4492045023
 

参考文献 

 

関連項目 

 

外部リンク 

 

 

経済学と社会科学において、経路依存は時間内の単発の結果またはプロセスの長期均衡のどちらかを指す。通常の使われ方では、経路依存性は以下のどちらかを指す。

経路依存性   

出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

経路依存性(けいろいぞんせい、path dependence)は人々が任意の状況で直面する決定の集合が、過去の状況がもう関係なくなっているとしても、人々が過去にした決定や経験した出来事にどのように制限されているかについての説明である。[1]

経済学社会科学において、経路依存は時間内の単発の結果またはプロセスの長期均衡のどちらかを指す。通常の使われ方では、経路依存性は以下のどちらかを指す。

  1. 広義では「歴史は重要である」、[2] または
  2. 小さな違いの予測できる増幅は将来の状況の不釣り合いな原因であり、「強く」言えば、歴史的遺物は非効率である。 [3]

最初のAの用法では、「歴史は重要である」というのは多くの文脈で自明に真である。すべてのものには原因があり、そして時に違う原因は違う結果を生む。この文脈では、ファイナンスにおける経路依存性のオプションのように歴史の影響が標準的でない英語版とみなされているところとは違って、過去の状態の直接の影響は注目に値しないかもしれない。[4]

狭い概念であるBが、最も高い説明力を持ち、この記事で解説される。

 

経済学 

経路依存性理論はもともと経済学者が技術適応プロセスと産業進化を説明するために開発された。理論的アイデア進化経済学に強い影響を与えた。[5]

経済プロセスが一定の事前決定されたユニークな均衡に向かって着実に進まない多くのモデルや経験的ケースがあるが、達成される均衡の性質は部分的にそこに到達するプロセスに依存する。したがって、経路依存プロセスの結果は、多くの場合、固有の平衡に向かって収束することはなく、代わりにいくつかの平衡(時には吸収状態として知られる)の1つに到達する。

この経済発展に対する動学的見解は新古典派経済学の伝統とは大きく異なる。新古典派の最もシンプルな見方では、初期の条件や一時的な出来事にかかわらず一つの結果だけが可能性としてもたらされるとした。ところが、経路依存性があると、スタート地点と「偶然」の出来事(ノイズ)が最終的な結果に対して大きな影響を持つ。次の例のそれぞれにおいて、不可逆的な結果を伴って進行中のコースを邪魔したいくつかのランダムなイベントを特定することができる。

 
QWERTYキーボード
 
Dvorakキーボード
キーボードレイアウト
  • 経済発展の分野では(1985年にポール・デイビッド英語版により)[6] 最初に市場に現れた「標準」は(コンピュータ時代でもなお使われているタイプライター時代のQWERTYキーボードレイアウトのように)定着することができると言った。彼はこれを経路依存性と呼んだ、[7] そして、劣った標準が自身の作り上げたレガシーシステムによって持続することがあると言った。QWERTY対Dvorakはその現象の例であるという説は、何度も主張され、[8] 疑問視され、[9] 議論され続けている。[10] 標準がどのように作られるかについての経路依存性の重要性についての経済論争は続いている。[11]
  • アダム・スミスからポール・クルーグマンまで、経済学者は似たビジネスは地理的にかたまりとなって集まる傾向があると言ってきた。近くと似たビジネスを起こすことはそのビジネスのスキルをもった労働者を惹きつけ、熟練労働者を求めるビジネスをもっと惹き付ける。産業が発展する前に、特定の場所を他の場所よりも選好する理由は何もないかもしれないが、地理的に集中してくるにつれて、他の場所にいるビジネスの参加者は不利になり、ハブに移るようになり、その場所の相対的な効率性を増加させる。このネットワーク効果は理想化されたケースでは統計学的な冪乗則に従うが、[12](地域のコストの上昇に伴い)ネガティブ・フィードバックが起きることもある。[13]
  • 売り手は買い手の周りに集まることが多く、そして関連したビジネスはビジネスクラスター英語版を形成することが多い。よって、(初期においては偶然と集まりによって)生産者が集まることは、同じ地域において相互依存したビジネスの出現の引き金を引くことになることがある。[14]
  • 1980年代、米ドル為替相場が上昇し、輸出入可能な商品の世界価格が多くの(以前は成功していた)米国の製造業者の生産コストを下回った。結果として閉鎖した工場の一部は、ドル相場の下落のあとにキャシュフロー利益で運営できたかもしれないが、再稼働はコストが高すぎた。これはヒステリシススイッチング・コスト、そして不可逆性の例である。
  • もし経済が適応的期待英語版に従うなら、将来のインフレーションは過去のインフレを伴う経験に部分的に決定される。経験が予想インフレを決め、そして予想インフレが実現したインフレの主な決定要因だからである。
  • 不況期の一時的な高い失業率は、失業者のスキルの損失(やスキルの陳腐化)やそれに伴う勤務態度の劣化により、永久に高い失業率をもたらすことがある。言い換えると、周期的失業は構造的失業を生むかもしれない。この労働市場構造的履歴現象モデルは自然失業率(NAIRU)の予測とは違い、「周期的」失業は「自然」率自体には影響せずに動くと言われている。

LiebowitzとMargolisは経路依存性をいくつかのタイプに区別する。[3] 非効率性を示唆しないタイプもあれば、新古典派経済学の政策的含意に合致するタイプもある。この中で「最も深刻な(third-degree)」経路依存性だけが新古典派経済学に異を唱える(この場合、切り替えの利益が大きく、移行は現実的ではない)。彼らは、理論的な理由からそのような状況はまれであり、現実の世界において、私的ロックインの非効率性は存在しないとする。[15] VergneとDurandは、経路依存性の理論を経験的にテストできる条件を特定することによりこの批判を適切であるとした。[16]

技術的には、経路依存性の確率過程は、過程(プロセス)自身の歴史の結果(関数)として発展する漸近分布英語版を持つ。[17] これは非エルゴード英語版確率過程とも呼ばれる。

エディス・ペンローズは、『会社成長の理論』(The Theory of the Growth of the Firm)(1959)の中で、有機的そして買収を通じた会社の成長がその会社の経営者の経験とその会社の発展の歴史に強く影響されていることを分析した。

 

歴史 

比較政治および社会学における最近の方法論的研究は、経路依存性の概念を政治的および社会的現象の分析に適用した。経路依存性は、社会的だろうと、政治的だろうと、文化的だろうと、制度の発展と持続性の比較歴史的分析にまず用いられてきた。おそらく2つのタイプの経路依存性プロセスがある。

  • 一つは「決定的合流点英語版フレームワークであり、Ruth and David Collierによって、政治学において最も利用された。決定的合流点において、先行する条件は偶然の選択を許し、制度的発展と合流して、反転することが難しい特定の軌道に固定される。経済学において、一般的な推進力は以下の通り:ロックイン、ポジティブフィードバック収穫逓増 (決定がより多くされれば、利益はより大きくなる)、そして自己強化 (決定を維持する力を作る)。[18]
  • もう一つの経路依存性プロセスは「反応的連鎖英語版」を扱う。反応的連鎖英語版では初期の出来事は時間的にリンクし、かつ因果的に密接な出来事の避けられない決定論的鎖を生み出す。これらの反応的連鎖はマーティン・ルーサー・キングの死と福祉の拡充を結びつけたり、イギリス産業革命蒸気エンジンの発展を結びつきを説明するために使われてきた。

決定的合流点フレームワークは、国々の間でとりわけ、福祉国家の発展と持続、ラテンアメリカにおける労働法人、そして経済発展の変動を説明するために使用されてきた。キャスリーン・セレンなどの学者は経路依存性フレームワークに含まれる歴史的決定論は、制度的進化からの絶え間ない破壊の対象になると警告する。

 

社会科学 

ポール・ピアソンの政治科学において経路依存性を厳密に定式化しようとする影響力を持った試みは、経済学からアイデアを部分的に持ってきている。ハーマン・シュワルツはこの努力に疑問を呈しており、経済学の文献で特定された力は、権力の戦略的な行使によって制度を作りそして変えることができる政治的領域には広まっていないとする。

緊急戦略の経路依存性は、個人およびグループに対する行動実験で観察されている。[19]

社会学組織論などの社会学において、経路依存とは区別されるが密接に関連する概念として、「刷り込み」がある。刷り込みは初期の環境条件がどのように永続的な印を組織や組織の集合(産業やコミュニティー)に押すかを扱う。刷り込みは、外部環境条件が変わったとしても長期的に組織行動や結果を形作り続ける。[20]

 

他の例 

  • 経路依存性の一般的なタイプは形式学的痕跡である。
    • 例えば、タイポグラフィにおいて、習慣が存在するための理由がなくなったとしても、その習慣が継続することがある。例えば、アメリカのスペリングにおいて引用符(quotation)の中にピリオドを書くことなどである。活字において、コンマやピリオドなどの文の終わりの句読点は、比較的小さくて繊細だった(適切なカーニングで(小文字の)xの高さ英語版である必要があった)。単語が行の中または行間を移動する必要がある場合、完全な高さの引用符を外に置くと、より小さな金属の活字が損害から保護される。ピリオドが引用されるテキストに属していなくても、これは実行される。
  • 進化は経路依存性だと考える人がいる。過去に起きた突然変異は、現在の状況では非適応かもしれなくても、現在の生命の形態に長期的に影響している。例えば、パンダの親指が進化上残った形質かどうかについての論争がある。
  • コンピュータソフトウェアの市場では、レガシーシステムが経路依存性を示す。現在の市場の顧客のニーズは、過去の世代の製品のデータを読み込んだりプログラムを走らせることを含むことが多い。よって、例えば、顧客は単にベストのワードプロセッサーを必要とするのではなく、むしろ、Microsoft Wordのファイルを読み込める中でベストのワードプロセッサーを必要とするかもしれない。そのような互換性に関する制限はロックインに繋がり、あるいはもっと微妙に、互換性を保つために、独立して開発されたプロダクトに対して妥協することがある。3E戦略を参照。
 

関連項目 

 

脚注 

  1. ^ Definition from "Our Love Of Sewers: A Lesson in Path Dependence", Dave Praeger, 15 June 2008.
  2. ^ Liebowitz, S.; Margolis, Stephen (2000). Encyclopedia of Law and Economics. p. 981. ISBN 978-1-85898-984-6. "Most generally, path dependence means that where we go next depends not only on where we are now, but also upon where we have been."
  3. a b Liebowitz, S.; Margolis, S. (September 2000). Bouckaert, Boudewijn; De Geest, Gerrit. eds. Encyclopedia of Law and Economics, Volume I. The History and Methodology of Law and Economics. Cheltenham: Edward Elgar. p. 985. ISBN 978-1-85898-984-6 2010年5月20日閲覧. "path dependence can be weak (the efficiency of the chosen path is tied with some alternatives), semi-strong, (the chosen path is not the best but not worth fixing, or strong (the chosen path is highly inefficient, but we are unable to correct it)."
  4. ^ Bellaïche, Joël (2009). “On the path-dependence of economic growth” (PDF). Journal of Mathematical Economics 46 (2): 178. doi:10.1016/j.jmateco.2009.11.002オリジナルの2010-06-24時点におけるアーカイブ。. The standard economic growth rate measurements are path-dependent, and "the phenomenon of dependence of history might be ignored for short period of time (10 years, 20 years), but is not negligible for secular comparisons."
  5. ^ Nelson, R; Winter, S (1982). An evolutionary theory of economic change. Harvard University Press
  6. ^ Stack, Martin; Gartland, Myles (2003). “Path Creation, Path Dependency, and Alternative Theories of the Firm”. Journal of Economic Issues 37 (2): 487. "Paul David and Brian Arthur published several papers that are now regarded as the foundation of path dependency (David 1985; Arthur 1989, 1990)."
  7. ^ Paul David (May 1985). “Clio and the Economics of QWERTY”. American Economic Review 75 (2): 332–337. JSTOR 1805621. "In such circumstances "historical accidents" can neither be ignored, nor neatly quarantined for the purpose of economic analysis" Direct PDF link
  8. ^ Diamond, Jared (April 1997). “The Curse of QWERTY”Discover Magazine.
  9. ^ Liebowitz, S. J.; Margolis, S. E. (April 1990). “The Fable of the Keys”. Journal of Law and Economics (Blackwell Publishers) 30: 1–26. doi:10.1086/467198SSRN 1069950. "we conclude that QWERTY is about as good a design as any alternative"
  10. ^ David, Paul A. (5–12 September 1999). “At Last, a Remedy for Chronic QWERTY-skepticism!”. European Summer School in Industrial Dynamics (ESSID). l'Institute d'Etudes Scientifique de Cargèse (Corse), France
  11. ^ Puffert, Douglas (2008年2月10日). “Path Dependence”. 2010年5月20日閲覧。
  12. ^ D'Souza, Raissa M. (2007). “Emergence of Tempered Preferential Attachment from Optimization”Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104 (15): 6112–6117. doi:10.1073/pnas.0606779104PMC 1839059.
  13. ^ Jennen, M.; Verwijmeren, P. (2009). “Agglomeration Effects and Financial Performance”. Urban Studies 47 (12): 2683–2703. doi:10.1177/0042098010363495. ssrn 1009226.
  14. ^ Jen Nelles, Allison Bramwell and David Wolfe (2005). Global Networks and Local Linkages: The Paradox of Cluster Development in an Open Economy. Montreal and Kingston: McGill-Queens University Press for Queen's School of Policy Studies. p. 230. ISBN 978-1-55339-047-3 2010年5月20日閲覧。
  15. ^ Stephen E. Margolis. “Path Dependence 4. Evidence for Third-Degree Path Dependence”. 2010年5月20日閲覧。 “Our reading of the evidence is that there are as yet no proven examples of third degree path dependence in markets.”
  16. ^ Vergne, J. P.; Durand, R. (2010). “The Missing Link Between the Theory and Empirics of Path Dependence: Conceptual Clarification, Testability Issue, and Methodological Implications”. Journal of Management Studies 47 (4): 736. doi:10.1111/j.1467-6486.2009.00913.x. "In particular, we suggest moving away from historical case studies of supposedly path-dependent processes to focus on more controlled research designs[,] such as simulations, experiments, and counterfactual investigation.""
  17. ^ David, Paul (2005). Evolution and path dependence in economic ideas: past and present. Edward Elgar. p. 19. ISBN 978-1-84064-081-6. "as generally is the case for branching processes [in Path dependence, its critics and the quest for 'historical economics']"
  18. ^