エコーチェンバー現象
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エコーチェンバー現象(エコーチェンバーげんしょう、Echo chamber)とは、コミュニティー内外においての意見や発言、主張などが響き渡るかの拡散している様子であり、コミュニティーの閉塞的な性質等による内発的な現象である。最初に発言をした人にとっては「自分の意見が山彦するように人々の声として響いている」と感じられるかもしれない。このような山彦のように増幅する声であるという事が比喩として音響物理現象のエコーを連想させる事から、エコーチェンバー化(エコーチェンバーか)[1]、またはエコーチェンバー効果[2](エコーチェンバーこうか、echo-chamber effect[3])とも言う。
ここで比喩の対象となっているエコー・チェンバーとは、閉じられた空間で音が残響を生じるように設計・整備された音楽録音用の残響室のことであり、レコード会社のレコーディングスタジオなどに設置されている。現代ではエコーチェンバーと同様の音響効果をデジタルで再現する機能も「エコーチェンバー」と呼び、元の音楽にミュージックプレーヤー側でリバーブ(増幅)をかけて再生する機能を「エコーチェンバー効果」などと呼んだりしているが、この項目で述べる「エコーチェンバー効果」とは関係ない。それに関してはリバーブレーターを参照のこと。
概要
世の中には様々な人がおり、様々な意見を持った人と触れ合うことが出来る。世界に開かれたグローバルでオープンな場で、「公開討論」のような形で意見を交換し合うことができるコミュニティがある。一方で、同じ意見を持った人達だけがそこに居ることを許される閉鎖的なコミュニティもあり、そのような場所で彼らと違う声を発すると、その声はかき消され、彼らと同じ声を発すると、増幅・強化されて返ってきて、「自分の声」がどこまでも響き続ける。それが「エコーチェンバー」である。
「エコーチェンバー効果」とは、エコーチェンバーのような閉じたコミュニティの内部で、誰と話しても自分と同じ意見しか返って来ないような人々の間でコミュニケーションが行われ、同じ意見がどこまでも反復されることで、特定の情報・アイデア・信念などが増幅・強化される状況のメタファー(隠喩)となっている[4]。
この「エコーチェンバー」の内部では、「エコーチェンバー」内の「公式見解」には疑問が一切投げかけられず、増幅・強化されて反響し続ける一方で、それと異なったり対立したりする見解は検閲・禁止されるか、そこまでならないとしても目立たない形でしか提示されず、すぐにかき消されてしまう。そうするうち、たとえエコーチェンバーの外から見た場合にどんなにおかしいことでも、それが正しいことだとみんなが信じてしまう[5]。
「エコーチェンバー現象」は、インターネット時代に特有の現象と言うわけでも、また政治的な意見に特有の現象と言うわけでもない。「エコー・チェンバー」という比喩表現は、インターネット時代となる以前の1990年にデビッド・ショーが記事の中で用いたとされる[1]。インターネット時代におけるエコーチェンバー現象に関しては、2001年にはキャス・サンスティーンが、著書『インターネットは民主主義の敵か (Republic.com)』で言及していた[6]が、この表現の普及が特に進んだのは、2016年アメリカ合衆国大統領選挙が契機であった[1][6]。
「フィルターバブル」と言う用語とも関係が深い用語である。検索サイトのアルゴリズムが個人に最適化されすぎた結果として、「フィルターバブル現象」が発生すると、もはや自分の意見と異なる意見を検索して見ることが出来なくなり、結果として泡(バブル)のような狭い閉じた空間にとらわれたように、自分の見解と異なる観点の情報から遮断されてしまう。どちらも、自分の意見と異なる情報から遮断される現象を、狭い閉じた空間に捕らわれたことに喩えたのは同じだが、その違いは、フィルターバブルが「個人」と「アルゴリズム」(ネットの向こうでこれを動かしているのは「AI」あるいは「マシーン」である)の関係で生じるのに対して、エコーチェンバーは「個人」と「コミュニティ」(ネットの向こうでこれを動かしているのは「ヒト」と「ヒト」である)の関係で生じる、と言うことである。
どのように機能するのか
インターネット時代以前より、メディアの報道がしばしばエコーチェンバー現象を引き起こすことを、マスメディアの報道を注視している人々は認識してきた[7][8]。メディアの「事情通」が、「ある主張」をしたとすると、その内容は前々から同様の考えを持っていた人々によって反復される。情報が「又聞き」で誰かに伝わり、そしてその情報が、誇張されたり歪められたりした形で自分の所に帰ってくる[9]。やがて多くの人々が、その「誇張されたり歪められたりした形」のバージョンを「真実」だと考えるようになる[10]。そのような形で、攻撃的な表現や、誤った情報の拡散が引き起こされるという見方もある[11]。
インターネット時代になると、このエコーチェンバーがますます身近になって人々の前に現れた。オンライン上で生じるエコーチェンバー効果は、同じような考えを持った人々の集団の一人一人が、個々人のトンネル・ビジョン(まるでトンネル内での視界のように、狭い視野で特定の考えしか持てなくなっている状態)を融合、発展させることで生じる。インターネット上には、自分との考えとよく似た、あるいは自分が賛同できるような特定の見解をすぐに探し出して、スマホで1回タッチするだけで「いいね!」したり「リツイート」したりできるシステムがあるので、インターネット上で情報を検索する人は、そういう書き込みをした、自分と同じような興味・考え方の人との間で情報をやり取りすることになりやすい[12]。そういう人たちが寄り集まることで最終的に形成されるオンライン・コミュニティが「インターネットにおけるエコーチェンバー」である。
インターネット上のエコーチェンバーの中に知らないうちに入り込んでしまった人々は、自分の意見に対する「インターネットの向こうの様々な人々」からの反響として、常に自分と同じような考えの意見が返ってくることに気づき、これによって自分の信念をより強固なものとする。特定の事柄に関して様々な意見を持つ人々と出会えるはずのインターネットにおいて、このようなことが起こるのは、インターネット上にはそれぞれ意見が違う一人一人の個人的見解に「合致する」ように作られた、出所不明の「フェイク・ニュース」を含めた幅広く様々な情報が、スマホなどですぐ閲覧できる形で存在しており、現代の人々はそういった従来型のマスメディアとは違う情報源からのニュースに、ネットを通じてますます接するようになっているためである。
Facebook、Google、Twitter といった会社は、ひとりひとりが受け取るオンライン・ニュースに、各個人に最適化された特定の情報を機械的に盛り込むアルゴリズムを立てている(これが「フィルターバブル」を生じさせる「フィルター」である)。このような個々人に提供するコンテンツを「ニュース提供元のサーバーで動いているアルゴリズムが、個々人がインターネット上に残したプライベートなログを参照しながら、閲覧者の興味を推測、それに合わせてニュースを選別(キュレーション)し、スマホなどの個人用情報端末を通じて提供する」という機械的な手法は、マスメディアにおいて「生身の人間の編集者が、個々人ではなく『マス(大衆)』向けに情報を提供する」という伝統的なニュース編集の機能に代わるものとなってきている。インターネットの登場で、個々人の誰もが情報が発信できる「情報の民主化」が起き、これによって人類が地球規模で繋がるようになるという希望がかつてはあったが、結局はFacebookなどのソーシャルニュースフィードやアルゴリズムが、かつて人類が果たしていた役割を代行することになったがために、かえって人間同士の繋がりがバラバラになり、民主主義を破壊する事態を引き起こしている[13]。このように、インターネットにおいて世界中の様々な人々の意見と触れ合えるようになったはずの人類が、「マシンのアルゴリズム」の働きによって、逆に泡(バブル)の膜の中のような狭い世界に情報的に遮断されてしまう「フィルターバブル現象」は、個々人が「インターネット上に存在する、特定の偏った方向に同じ意見を持つ人間同士のつながり」にはまり込んだ(「マシンのアルゴリズム」の働きによって、はまり込まされた)ことによって、エコーチェンバーの中のような狭い世界に情報的に遮断されてしまう「エコーチェンバー現象」と、相関的にかかわりあっている。
インターネットのコミュニティは、一見国内だけでなく世界中の様々な考えの人々がいるように思えるが、実際のオンラインのソーシャル・コミュニティは、それぞれのコミュニティごとに考えが断片化しており、同じような考えの人々が集団として集まり、コミュニティを構成する全てのメンバーが特定の偏った方向に同じ意見を持っている。ソーシャル・ネットワーキング・サービス (SNS) のコミュニティは、コミュニティ内の人々における出所不明の「噂」を強力に増幅するが[14]、それはコミュニティに属する人々が、自らの属するコミュニティの「公式見解」(コミュニティに属する人々にとっては、これは「真実」と同じ意味である)を考慮しない報道機関の記者よりも、自分たちの奉ずる「真実」を補強するために自らが属するコミュニティの面々が提供してくれた証拠類を信じるためである[3]。自らの奉ずる「真実」を自らがますます補強するという、エコーチェンバーのこのような機能(エコーチェンバー効果)によって、エコーチェンバーの中では、そのコミュニティにおける「真実」への同調的意見のみが許されることになり、批判的議論が大きく阻害されることになる。インターネットに参加する人々がトンネルのように幅の狭い情報基盤だけをもち、自分の属するソーシャル・ネットワークの外側の情報に手を伸ばそうとしないのであれば、社会的議論や共有は困難になる。
インターネット上の言説においては、インターネット上のコミュニティ同士の見解の相違が特に注目されるが、実際は、ネットではなくリアルに存在する数多くの現実のコミュニティ同士においても、政治信条や文化的見解はそれぞれ違い、同じコミュニティ内の人々同士においてすら見解の相違があることも珍しくない。特定のソーシャル・コミュニティ内の「総意」を元に「インターネットを使う全ての人はみな自分と同じ意見を持っている」と錯覚してしまうエコーチェンバー効果は、「実際はネットだけでなく国や地域社会といったリアル世界のコミュニティにおいても、それぞれのコミュニティの言語的感覚や文化的感覚は、自分の属するネットのコミュニティのものとは全く違う」ということを人間に気づかせることを妨げる恐れがある(twitterの仲間内で大ウケしたネタでも、次の日に職場の仲間に言うと差別かセクハラに認定される可能性もある)。いずれにせよ、エコーチェンバー効果は、ある個人の現在の世界観を強化し、それを実際以上に正確で、広く受け入れられた考えであるかのように誤解させる[15]。
このような、インターネット上のソーシャル・コミュニティにおける反響、均一化の効果に関連して、同じように新たに出現してきたもうひとつの用語が、文化的トライバリズムである[16]。インターネットによって国や地域を超えて世界中の人々が考え方を共有する「グローバル社会」となるはずの時代でありながら、国や地域よりもっと小さい人々の集団である部族(トライブ)同士が対立していた原始時代に戻ったかのように、特定の考え方を共有するごく少数の人間で構成される極めて結束が強い集団同士が対立しあう社会を指す。
事例
イデオロギー的なエコーチェンバーは、何世紀にもわたって様々な形態で存在してきた。エコーチェンバー現象は、そのほとんどが政治分野において起こるものとされる。
- マクマーティン保育園裁判を取り上げて批判的に検討し、ピューリッツァー賞を授与されたデビッド・ショーの1990年の一連の記事の中で次のように記した。「これらの訴えは、結局のところ一つも立証されなかったが、メディアは、大事件が起きた時にしばしばそうなるように、概ね集団となって行動し、記者たちの書く記事も放送される内容も、お互いを参照しあいながら、恐怖のエコーチェンバーを創り上げていた。 (None of these charges was ultimately proved, but the media largely acted in a pack, as it so often does on big events, and reporters' stories, in print and on the air, fed on one another, creating an echo chamber of horrors.)」[17]」 この事件についてショーは、報道機関の「根本的な欠陥があらわになった (exposed basic flaws)」とし、「怠慢、浅薄、馴れ合い (Laziness. Superficiality. Cozy relationships)」や、「最新の衝撃的な主張を最初に伝えようと躍起になって探る姿勢 (a frantic search to be first with the latest shocking allegation)」で、ジャーナリズムの原則である「公正と懐疑 (fairness and skepticism)」を「記者や編集者たちはしばしば放棄している (Reporters and editors often abandoned)」と述べた。さらに、「しばしばヒステリー、センセーショナリズム、さらに、ある編集者の言葉を借りれば「群衆リンチ症候群」が、そこに直結されていく (frequently plunged into hysteria, sensationalism and what one editor calls 'a lynch mob syndrome.')」とも述べた。
- クリントン大統領とモニカ・ルインスキーのスキャンダル(ルインスキー・スキャンダル)の報道の経緯を検証した『タイム』誌1998年2月16日号の「Trial by Leaks」のカバーストーリーには[18]、「プレスとドレス:わいせつ行為のリークの解剖、それはいかにしてメディアのエコーチェンバーの壁を跳ね回るのか (The Press And The Dress: The anatomy of a salacious leak, and how it ricocheted around the walls of the media echo chamber)」というアダム・コーエンによる記事が掲載された[19]。この事例は、卓越したジャーナリズムのためのプロジェクトによって深く検討され、『The Clinton/Lewinsky Story: How Accurate? How Fair?』がまとめられた[20]。
- 2014年秋に始まったゲーム・コミュニティによる、いわゆるゲームゲート論争における攻撃と、ジャーナリスト側の反応は、エコーチェンバーであったと考えられる[21][22]
- エコーチェンバーは、イギリスの欧州連合離脱(ブレクジット)の是非を問う国民投票にも結び付けられることもある[23]。
- 2016年アメリカ合衆国大統領選挙は、メディアにおけるエコーチェンバーについての大量の言説を引き出した[24]。銃規制や移民労働者のような先入観に沿って判断される主題に関する情報は、選挙民たちに、既に同意している情報を見なされ、吸収されやすい[25]。Facebook は、利用者に自身の立場と一貫性をもったポストをするよう示唆していると思われ、このために多様な見解が示されるよりは、既に確立された立場の表明の反復となりがちである。ジャーナリストたちの論じるところでは、意見の多様性は真の民主主義に不可欠であり、それによってコミュニケーションが促されるの対し、エコーチェンバーは、Facebook で起きていることが示すように、むしろコミュニケーションを阻害するのだとされる[26]。一部の論者たちは、2016年アメリカ合衆国大統領選挙におけるドナルド・トランプの勝利において、エコーチェンバーは大きな役割を果たしたと考えている[27]。
脚注
- ^ a b c “パックンが徹底解説! ネット空間に広まる病的集団行動「エコーチェンバー」とは?”. 週プレNEWS/集英社 (2017年6月15日). 2017年6月24日閲覧。
- ^ 東大野恵美「デジタルトランスフォーメーションと経済社会の定義(PDF) 」 『情報センサー』第118巻、新日本有限責任監査法人、2017年、 20-21頁、2017年6月24日閲覧。
- ^ a b “The Echo-Chamber Effect”. The New York Times. 2017年6月24日閲覧。
- ^ バートレット, ジェイミー、星水裕・訳「第2章 訳注19」『闇(ダーク)ネットの住人たち: デジタル裏社会の内幕』CCCメディアハウス、2015年8月29日。ISBN 978-4484151199。 Google books
- ^ Google、中の人の「女性は生まれつきエンジニアに向かない」文書回覧で社内騒然ITmedia,2017年08月06日
- ^ a b “エコーチェンバー現象”. IoT(Internet of Things)/キビテク (2017年4月21日). 2017年6月24日閲覧。
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- ^ “Your Filter Bubble is Destroying Democracy”. WIRED. 2017年3月16日閲覧。
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関連文献
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- The Hudson Institute's Bradley Center for Philanthropy and Civic Renewal wonder if they "got it, well, Right".
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- Jim Lobe for Asia Times: "the structure's most remarkable characteristics are how few people it includes and how adept they have been in creating new institutions and front groups that act as a vast echo chamber for one another and for the media"
- Valdis Krebs, "Divided We Stand," Political Echo Chambers
- Jonathan S. Landay and Tish Wells, "Iraqi exile group fed false information to news media", Knight Ridder, March 15, 2004.
- R.G. Keen: The Technology of Oil Can Delays
- Echo chamber at SourceWatch
関連項目
- en:Big lie
- 循環報告
- en:Communal reinforcement
- 確証バイアス
- 偽情報
- en:Epistemic closure
- フィルターバブル
- 集団思考
- en:Idola specus
- en:Manufacturing Consent
- en:Media circus
- en:Opinion corridor
- en:Party line (politics)
- 査読
- ポジティブフィードバック
- 燻製ニシンの虚偽
- en:Reinforcement theory
- en:Safe-space
- en:Selective exposure theory
- 沈黙の螺旋
- en:Splinternet#Interests
- 伝言ゲーム
- en:Tribe (Internet)
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